特集記事
Topics
特集
固定残業制度について
はじめに
医師は、患者の命や健康の為なら長時間労働もいとわずに働く人が多く、残業という概念が薄い傾向にあります。しかし、病院の理事や管理職でもない限り、医師も労働者に該当します。
医師については、その仕事の特殊性も踏まえ、残業時間の上限規制が適用除外となっていましたが、2024年4月からは、その適用除外も外れ、より厳格な労働時間管理が求められるようになります。
固定残業は業界の常識!?
病院で働く医師に多く適用されているのが、固定残業制度。多くの医師が固定残業制度や年俸制度で雇用されているのではないでしょうか。ただ、他の業界に比べ、その実態はあまり厳格に行われていないように感じます。せっかく導入した固定残業制度も、無効と判断された場合には、固定残業代部分も含めて残業の基礎とし、未払い残業代の精算を求められることになりますので、運用には注意が必要です。
固定残業制度が有効に機能するためには、最低限クリアしなければならない要素が3つあると言われています。
要素1:固定残業代部分が、それ以外の賃金と明確に区分されていること
要素2:固定残業代部分には、何時間分の残業代が含まれているのかが、明確に定められていること
要素3:時間外労働(残業)時間が、上記2で定めた時間を超えた場合は、別途割増賃金を支払うこと
要素1:固定残業代部分が、それ以外の賃金と明確に区分されていること
固定残業制度が無効とされるよくある例が、固定残業代部分が基本給(本俸)に含まれているという制度です。要素3にも繋がりますが、固定残業制度というのは、あらかじめ〇〇時間分の残業代を支払っておくという性質であることから、実際に固定残業代部分を超える残業代が発生した際には、その差額を追加で支払う必要があります。
通常、固定残業代に含まれている時間外労働時間数を超えない範囲で働いている分には、問題は発生しないのですが、あらかじめ定められた時間外労働時間数を超過した場合には、一気に問題が表出します。追加で残業代を支払おうとした時に、何を残業の基礎として残業代を計算すればよいのかがわからないという問題です。
固定残業代部分は、残業代の前払いですから、残業計算をする際には、固定残業代部分を残業の基礎に含めずに計算するのが一般的です。ただ、その固定残業代部分が基本給に含まれているとなると、残業代を計算することができません。つまり基本給に固定残業代部分を含むというのは、「追加で残業代を支払うつもりはありませんよ」と宣言しているに等しいのです。もちろんこのような制度は司法の場では、無効と判断される可能性が非常に高く、リスクを多分に含んでいますので、早急な改善が求められます。
要素2:固定残業代部分には、何時間分の残業代が含まれているのかが、明確に定められていること
要素1でも触れましたが、固定残業制度は、あらかじめ定められた時間外労働時間数を超過した場合には、差額を支払うことによって成立する仕組みですから、当然、規程に根拠も必要となりますし、個別の雇用契約書又は労働条件通知書にも、どの手当に何時間分の時間労働労働時間数が含まれているのかを明らかにしておく必要があります。
よく問題となる例は、定額残業代部分に、残業も深夜勤務も、さらには宿直手当も含むという設計になっているようなケースです。時間外勤務手当に対応するものとして固定残業手当、深夜勤務手当に対応するものとして固定深夜手当というように分けて設計されていれば何時間分に相当するのかというのも明確になりますが、時間外勤務も深夜勤務も含むとなると、一方は×1.25、もう一方は×0.25(深夜残業の場合は×1.5)となり、それぞれの割合に応じて時間が変わってしまいます。
こういった制度設計が直ちに固定残業代を全否定する要素になるかというと、議論の余地はありますが、労働者側から見た時には、一体何時間残業したら追加で残業代が支給されるのかが非常に分かりにくく、固定残業制度を否定する材料にはなり得ます。特に固定残業代部分に宿直手当まで含むような設計になっている場合は、ほぼ認められないと考えてよいでしょう。
1つの割増賃金に対しては、1つの手当という設計が望ましいと言えます。
要素3:時間外労働(残業)時間が、上記2で定めた時間を超えた場合は、別途割増賃金を支払うこと
固定残業制度は、残業の有無に関わらず、残業代をあらかじめ支給しているという性質に過ぎないことから、当然ですが、実際の残業代があらかじめ支払っている固定残業代を上回るような場合には、差額を追加で支給する必要があります。
設計上のポイントとしては、極力、固定残業代に含む時間外労働時間数を医師毎に差をつけないという事です。よくある悪い例としては、適当なキリの良い固定残業手当を支給し、後から割増単価を計算して、割り返すことで相当する時間外労働時間を算出するという例です。このやり方をする限り、固定残業代に含む時間外労働時間数にバラツキが出てしまいます。
私の経験上、1人ひとりに割り振られた時間外労働時間数がバラバラという設計の場合、給与計算担当者が誰が何時間分固定残業を割り振られているのかというのを管理することができず、結果として残業代を追加支給していないというケースが非常に多いと感じています。また、管理する上司の立場としても何時間を超えたら、残業代の追加支給が必要になるのかをすぐに判断することが出来ないないことから、部下指導の立場から見ても、あまり良い制度だとは思えません。
全員一律にするか、差をつけるのであれば、実態の残業時間を調査したうえで、役職に応じて時間外労働時間を設定する、又は担当課に応じて設定する等、明確なラインを設けて設計していくべきでしょう。
最後に
固定残業制度は、労働時間を削減しようとするのであれば、決して望ましい仕組みだとは言えません。ただ、今までの医師は、患者の命を救う為、健康の為という崇高な使命のもと、時間をいとわずに働き、病院側もそれを黙認しながら、時間に関係なく、賃金を支給する。そんな中で現在の医師の賃金相場が形成されてきたことも事実です。その前提を無視して、賃金制度を構築しようとしても、良い制度を作ることは出来ません。
また、医師の賃金相場は、他の職業と比べても非常に高いことから、未払い残業代を請求された時の請求金額も非常に高くなる傾向にあります。
医師についても働き方改革が求められる時代、目の前に命の危機が迫っている患者がいるのにも関わらず、労働時間を抑制していかなければならない。その答えは、私の中でもまだ結論が出ていません。ただ、その時代に合った制度に早く変更していく必要はある。そう強く感じています。
現時点では、固定残業制度は、医師と切り離せない制度だと言えます。固定残業制度を導入する場合は、少なくとも3つ挙げた要素のポイントを押さえて設計することが求められます。